Symptom

「いかん、人と会う約束があったんだった」
リンとアキラ、ケイスケにそう言い残して、源泉はMeal of Dutyを出た。
足早に路地裏を歩く。
ビルの隙間から見える空はモノクロの写真のように相変わらず薄暗い。
イグラはこのところ、停滞気味だ。
誰彼かまわず闘いを挑む参加者は何も知らない新参者以外にはいないし、生活するうえでの暗黙のルールも形成されている。
Meal of Dutyなどの中立地帯がその例だ。
おまけに、もともとの知り合いとグループで参加してきた者や、トシマで出会って数人でつるんでいるものが多い。
ひとりで何もかもをやるのは厳しいからだ。
長くいれば尚更、眠ることすらままならないという状況に、そうそう耐えられるわけがない。
つるんでおけばとりあえずは安心なのだろう。
――ささいなことで崩壊する絆ではあるが。
大半は若い世代のイグラ参加者たちは、外とは違うトシマの「環境」を楽しんでいるだけなのだと源泉は思う。
彼らは元いた場所に退屈してトシマへやってくる。
最初は、自分の力を過信していたり、血気盛んな者もいるが、十分な刺激を孕んだこの澱みに浸かっていることだけでいずれそれなりに充足してゆく。
参加者のうちイル・レに本気で挑もうと躍起になっている者はおそらく少数だ。
殺伐とした舞台と、ラインというアイテム。バトルゲーム、イグラ。
イグラというゲームだけではなく、ヴィスキオは、トシマという街そのものを使って「背徳と暴力のアミューズメント」を運営しているのだ。
30分も歩くと、足元に散乱する瓦礫は大きくなり、崩壊したときのまま放置された風景に変わった。


国境に近づいている。旧祖地区は目と鼻の先だ。
人通りは、ない。
今ではもう何の施設だったのかもわからない建物の、半分潰れた門扉を源泉はすり抜ける。
そして、守衛室だったと思われる小さなプレハブの前で新しい煙草の火をつけた。
「………」
「遅いぞ」
ほどなくして、低い、男の声が中から呼んだ。
源泉は素早く周囲に視線をめぐらすと、中へ入る。
「帰っちまったかと思ったぜ」
薄暗いプレハブの中には破れをガムテープで繕った応接セットがあり、そこに、その男は座っていた。
「心配するくらいなら時間通りに来い」
右の胸元に刃渡り15センチほどのアーミーナイフを装備したがっちりとした体格の男だった。
独特の鋭い空気を纏っている。
「直前に、いい情報が手に入ったんだ」
源泉はゆったりと、いつもの含みを持たせた口調で言いながら向かいに座り、Meal of Dutyでリンから受け取った写真を差し出した。
「……間違いない。こいつだ」
男は黒のコートから取り出した写真と見比べ、軽く頷いた。
「イグラには参加してないみたいだがな」
「それはこの際どちらでもいい。……コイツは報酬だ。それから、いつものヤツを10」
男が足元にあった包みをローテーブルに置く。
「おー、嬉しいねぇ。あと2箱だったんだ」
いくらかの紙幣と包みを2つ受け取って、源泉は顔を緩ませた。包みの片方はタバコだった。
「トシマじゃますます手に入りにくくなってきたからなぁ、こいつは」
「このニコ中が。おまえは昔っからそうだ」
わずかだが、男の鋭い気配が薄れた。
「アンタがクソ真面目なのも変わってないよ。なにしろ未だに軍に残って、魔窟に駐屯してるんだからな」
源泉は少し眉尻を下げて、苦笑した。
「おまえだって、ソドムの情報屋だろう」
「はは」
お互いの言葉に苦笑し、しばし二人は無言となった。
源泉のタバコの煙がゆっくりと流れている。
「……ああそうだ。この前、そっちに一人に案内したぞ」
不意に思い出したように男が言った。
「一人でトシマへ? 近頃じゃ珍しいな」
「……なかなかの別嬪だったぜ。ヤクも入ってなかったようだしな」
「別嬪?」
瞬間、源泉の頭にはMeal of Dutyで会った、無愛想な少年の顔が浮かんだ。
しかし、あの子らは2人連れだったと思いなおす。
「へえ……そいつは危ないな」
「あァ、そう思ったんで一応、忠告はしておいてやったが」
男はにやりと笑った。
「……アンタのこった、からかったんだろ」
少し呆れたように源泉が言った。
「ちょいと味見を」
「はぁ?」
源泉はびっくりして腰を浮かせた。
「嫌がる顔がまた別嬪でな」
クククと可笑しそうに笑うと、男は時計を見やり立ち上がった。話は終わりということらしい。
「……もし会ったら気をつけてやんな。おせっかいの情報屋」
言い残して男は背を向け、源泉の入ってきたのとは反対側の窓を乗り越えた。
「次もいつもどおりだ」
男がそっけない約束を残し、背を向けたまま手を振ったが、源泉はまだぽかんとしていた。
「……あいつの味見って……」
傭兵時代に思いあたることがあって源泉は、その別嬪のことが気の毒になった。
――そいつは軍が送り込んだのか…それとも
源泉は紙幣をポケットに突っ込み包みを抱えた。
あの男は、軍の人間であることを隠して、トシマへと人を通すこともある。
しかし、あえて源泉に教えたということは、何か含みがあってのことだろう。
帰り道、いくつかの場所に受け取った食料やタバコを隠しつつ、源泉は歩いた。
そのあいだずっと、頭の中には、あの少年が浮かんだままだった。
――アキラ、と言ったな
気になりだしたらおさまらないのが源泉の性分だった。
――探ってみるか


翌日、源泉は「城」の前で待った。
吸殻を地面に平気で落とす源泉を警備員が睨んでいるが、知ったことではない。
小一時間ほど待ったところで、通りの向こうから少年が二人歩いてくるのを見つけた。
「よお」
声をかけると、蒼白な顔をしていた連れの少年、ケイスケがほっとしたように源泉を見た。
「源泉さん、だっけ」
素直に感情を出すケイスケの少し後ろに、わずかに眉をひそめて睨むアキラがいた。
「イグラに参加するってんなら、ここに来ると思ってな…」
話しかけながら、源泉は確信した。
――あぁ、違いない。別嬪だ。
源泉は自分の、おせっかいやきの性分と、情報屋としての興味と――。
もうひとつ何か、形の定まらない感情が首をもたげるのを感じていた。

 

---------END

 

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源泉が外の様子にも詳しいのはきっとなにか情報源を持っているからだろうということで。
案内人と源泉に勝手に接点をつくりました。
オフィシャル設定とは関係ありませんのであしからず。
だって、案内人かっこいいんだもんー。
2005.5.3