Appassionato

「はぐはぐはぐ」
「ずずずっ。ごっくん」
俺たちは、覇道邸の、俺のアパートのワンフロアより広い大広間の食事室にいた。
デモンベインが帰還した後、晩餐に招かれたのである。
万年欠食児童の1人と1冊は、そのお誘いに文字どおり喰らいついたわけである。
だって肉が食える。
「今日は、お泊りになってくださいな」
姫さんがにこやかに言った。
「はひ?」
俺はまだステーキを口いっぱいにほおばったままで、きょとんと訊き返した。
「…………」
アルもロブスターを口に入れたまま、不機嫌そうに姫さんを睨む。
「ええと…それはまたどういう…?」
「ほんの慰労ですわ。いつも身体を張っていただいているのですもの。たまには床やソファ以外でぐっすりとお寝みになってはいかが?」
そりゃ、確かに…寝返りもうてないソファで眠る生活ですが。
なんか姫さんの笑顔って、素直に受け取れない。被害妄想だろうか。
「夜のティータイムに、パティシエに腕をふるわせるご用意が御座います。それから、明日の朝食には…」
執事さんがなんだかとてもうれしそうな微笑みで、とにかく色々とおいしそうなもの(よくわからないがきっとおいしいんだろう)を告げると---。
「九郎。厄介になろう」
これまた幸せそうな笑顔で、アルが答えた。
「おまえ…」
なんてわかりやすいんだ。
まっ、人のことは言えない。まったく同じ返事を、0.5秒ばかり俺が遅れただけのことだ。

 

天蓋つきのベッドなんて、生まれて初めてだ。
毎日こんなベッドで寝てる姫さんからすりゃ、俺のアパートなんかウサギ小屋どころか、蜂の巣のいち六角形に過ぎないかもしれない。
落ち着かない。
目を閉じていても、浅い眠りをさまようだけで、なかなか意識が沈んでいかない。
「……?」
胸の上が重い。金縛りだろうか。
こんだけ奇奇怪怪人生を謳歌している今日この頃。もはや金縛りなんぞ屁のカッパだとお思いでしょうが、それでも怖いものは怖いのだ。
どうやら身体は動く。思い切って目を開けた。
「…………………しっ…執事さん!?」
いつもどおりの完璧なスーツ姿のまま、執事さんが俺の上に乗っかっていた。
「起こしてしまいましたか。申し訳御座いません。大十字様」
切れ長の目が、すっと細められて笑みになる。
ぜんぜん気配を感じなかった。そ、それにいったい、どこから入ってきたんだろう。
「……………………………」
ええと。
「……………………………」
俺のパジャマのボタンに、執事さんの白手袋の指が触れていて。
「……………………………」
ひとつ、外れた。
「……!!!!!! アンタ、なにトチ狂ってんだーーッ!?」 
やっと状況を理解した。危険危険危険ッ!
が、動けない。がっちりマウント・ポジションだ。
「私は至って真面目です。大十字様」
あくまで静かに答える執事さん。本当だ。目がマジだ。
「!」
俺は横に、豪奢なドレープの紅いドレスが置いてあるのに気づく。
「な、ま、また…ッ?」
「ええ。先日のインスマウスの宴会では、お嬢様がいたくお喜びでしたので、改めてお写真に残させていただこうかと」
そういう魂胆だったのかぁッ!
ふと気づけば、部屋の隅にはメイク道具を抱え、満面の笑顔で待つチアキさんとソーニャがいる。
「2回目ともなればさすがに九郎ちゃんの抵抗がキッツイやろうと思って、ウィン様にお任せすることにしたんや」
「ちなみに、アルさんが危険なので、マコトさんは猿轡かまして亀甲縛りにして転がしてきましたぁ〜」
訊いてないって。
いやだから、どこから入ってきたんだお前らッ! ひょっとして抜け道とか隠しドアが!?
「あはは。今の状態写真に撮るのも、それはそれで一興やと思うけどな〜」
「だめですよぉ、こんな下賎の輩を押し倒す姿なんて、ウィン様の品位が問われちゃいますっ!」
いや、実際押し倒してるんだっーの。いや違う。認めてどうする、俺。
まったく、俺の女装写真なんぞのどこがいいんだ!?
いや確かに、あのとき迂闊にも自分でときめいてしまったが。
しかし、しかしだ。
俺の焦りに拍車をかけているのは、目の前の執事さんである。
「し…執事さん!」
「なんでしょう? 大十字様」
「な、な、なんで、赤くなってんだよ!」
はっ、と目をそらしたのはほんの一瞬。執事さんは目を伏せて平静を装う。
「これは失礼…つい、あのときのお姿を思い出してしまいまして」
てゆーか、より一層! こちらに向き直った瞳が熱を帯びていらっしゃるような気がするんですがッ!
「観念なさってくださいませ、大十字様。手荒な真似はしたくないのです」
いやすでにじゅうぶん手荒。
「のうわあああッ!」
生身でアンチクロスや破壊ロボと渡り合う執事さんに、マギウス・スタイルでもない俺がかなう道理があろうか。いや、ない(反語)
順当に外れていくボタンに俺はパニックになる。
し、執事さん、手馴れてる。ますますこのヒトの過去が謎。女性ファン釘付け。
「アルーーーーッ! 助けれぇぇ!!」
隣のベッドのアルに助けを求めれば、ふかふかのベッドを満喫しているらしく、うるさそうに背を向けただけだ。
「主の危機に悠長なッ!」
「五月蝿い…命の危機でもあるまいに…」
おおおのれ。
「解った。明日のデザート、俺のぶんを譲ってやるからっ!」
「!」
そのとき俺には、アルの頭の上に、ネコ耳がぴんっと出現したように見えた。
「………………………ばかにするな、九郎。妾をなんだと思っておるのだ? 甘味ひとつにつられるなどと…」
さっきまで寝ぼけた口調だったくせに、一気に覚醒してやがるコイツ。
「わかったッ! じゃあ、前からお前の欲しがっていたココアを事務所に常備する!」
これでどうだ! インスタントコーヒー(特売)以外の飲み物を常備するなんて…なんたる贅沢。財布の中身が減る。なんたる恐怖。
「つくづく汝は、世話の焼ける男だな…仕方ない。力を貸してやろう」
恩着せがましく言いながら、振り返ったその顔は満面の笑みだった。
俺の男としてのプライドは、デザートやココアよりも安いということか。自分で言ったことながら、情けない。
「!」
俺の体を包んだ閃光に、執事さんが一瞬ひるんだ。
その隙に脱出、ベッド脇に着地。
黒のボディスーツに、銀の長髪がなびく。マギウス・スタイル。
「ウィンフィールドはアンチクロスともわたりあう男。よう考えれば、これは修行になるやもしれんな」
肩の上のちっこいアルが、腰に手を当てて、とってつけたようなことを言う。
「私は手荒なことをするつもりではなかったのですが…」
執事さんが、ベッドからおりて、俺のほうに向き直り、タイを緩めた。
「折角ですから、ご期待に応えることにいたしましょうか」
イエ、俺は期待してないっす(泣) 決して。エエ断じて(号泣)
とはいえ、マギウス・スタイルをとったということは、宣戦布告ととられるのも当然。
ここはなんとしても勝って、あきらめてもらわなければ---!。
執事さんがわずかに腰を落として、ファイティングポーズをとった。
ぴん、と削ぎ澄まされる空気。
うわあ、怖い。
「何を逃げ腰になっておる!」
「んなこと言ったって…」
アンチクロスの一人、ティトウスの太刀筋を見切る、執事さんの超人的な動体視力。ゆえに、肉弾戦では敵うはずがない。
勝機は、魔術分野にしかないとみるべきだろう。
「…っ!」
睨み合っていても仕方がない。ここは小手調べだ。
「捕縛結界!アトラック=ナチャ!」
蜘蛛の糸が瞬時に部屋中に広がった。
「……疾ッ」
無言で伏せて躱す執事さん。やはり通用しないかッ! 間髪いれずに後退する。
案の定、ボディをカマイタチが掠め、ボディスーツが裂けた。
「あぶねえ…ッ」
更に、マギウス・ウィングを捩じらせるようにして、横へ躱わす。
俺の立っていた位置に執事さんの左ストレートが空を切った。
「こやつには生半なスピードでは対抗できんぞ! 九郎!」
「わかってる!」
距離をあけて、動きを止める。
「…流石に、簡単にはまいりませんね、大十字様」
とんとん、と執事さんがステップを踏む。
「ウィン様! がんばってくださぁい!」
ベッドのかげに隠れながら、メイド2人がはやし立てる。
「せっかく春の新色用意したんやで〜」
「何の新色ッ!?」
思わずこけてしまった。
「うつけ! 集中せんか!」
このこの! 突っ込まずにいられない体質がッ。
そのときにはすでに、執事さんが次のパンチを繰り出していた。
ヤバイ! 顔面にまともに入っちまう!!
スローモーションの拳が眼前に---!
「………?」
「くっ」
執事さんの拳は、鼻先5ミリで止まっていた。
わけのわからないまま、飛び退って再び間合いをとる。
なんでだ? 今ので確実に仕留められたはず。
「………」
執事さんは無言。
「そうか…」
そういえばさっきから、ボディばかり狙ってくる。
「俺の顔に傷をつけるわけにはいかないってことだ」
執事さんは目を伏せ、小さいため息をついた。
「…仰せのとおり。大十字様の美しいお顔なくしては、芸術の完成は御座いませんからね」
勝機を得たり。
「悪いが、最大限利用させてもらうぜ! 俺の顔ッ!」
「汝、言っていて情けなくないか」
煩い。冷静にツッコむな。
ハンディはもらったものの、しかし、よく考えれば俺だって、執事さんに怪我をさせたいわけじゃない。
ここは、最終奥義だ。
隙が出来るのを覚悟で、バルザイの偃月刀を召喚。扇の形状にして、放つ。
「!」
往きの刀を躱して、執事さんが大きく踏み込んできた。
「くぅっ!」
俺はわざと顔を前に晒す。
「2度は失敗りませんよ! 大十字様!」
執事さんは拳の角度を瞬時にスイッチ。
俺の鳩尾に右のボディがめり込む---!!
パン!
「なっ…!」
鏡の砕ける音。
執事さんが振り返ったときには、俺は窓に向かって跳躍していた。三十六計逃げるに如かず!
「逃しません!」
踵を返した執事さんに、還る刀が迫る。
「くっ!」
執事さんがそれを躱わす隙に、俺は窓を割って外へ飛び出す。
「良し! 脱出! このまま飛ぶぞ…ッ」
広大な覇道邸の庭園を眼下にマギウス・ウィングで加速---。
「ああっ!」
唐突に、アルが叫んだ。
「なんだ? アル…」
訊こうとしたそのとき、強制的にマギウス・スタイルが解除された。
「-----------------おわぁあああああああああああああっ!?」

当然ながら、万有引力の片思いは今も続行中であった。

ずっしゃあああああああ!!!!!

俺は、顔から地面にめり込んだ。

俺は、断末魔のゴキブリのように痙攣した。
「…な、な……」
芝生に残った墜落跡から身を起こす。
横に、腕を組んで仁王立ちのアル。
「いきなり何しやがんだよッ!」
「何を言う! 九郎。ここで逃げてしまっては、明日の朝食とデザートはどうなる! 約束したではないか」
-------------にゃにおおおうっ!!
「こっ、この古本娘ぇぇっ!! デザートごときで主を売るかッ!?」
「大十字様----っ!」
執事さんたちが駆け寄ってきた。や、やばっ。
「心配いらん。妾のすることに手抜かりはないわ」
アルは落ち着き払っていた。
「ああっ」
俺を見て、執事さんたちの表情が一気に落胆した。
「顔中キズだらけや…っ」
「これじゃ、なんの取得もありませんですっ!」
メイド2人がへたり込む。
「くッ…。大十字様…今日は我々の負けです…」
心底悔しそうな顔で、執事さんが呟いた。
アンタらなあ…。
「あの部屋は、風通しが良くなってしまいましたゆえ、別のお部屋にご案内いたします」
がっくりと肩を落とす執事さん。そこまで落ち込まんでも。
「部屋に戻るぞ、九郎。寝心地のいいベッドが待っておる」
「………………」
がっくし。
なんか精根尽き果てた。もう何も言いたくない。
俺とアルは、執事さんたちに続いて、屋敷へ戻る。
「おお、そうだ」
アルがぽんと手を打つ。
「なんだよ、まだなんかあんのか」
「ココアの件、忘れるな」
アルが、幸せそうに笑った。

俺は、それから数週間、笑顔恐怖症になった。

 

---------END

 

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